ヒーロー達の物語
HISTORY OF HEROES

孤独で不安な毎日から、
仲間とともに人生を楽しむ生き方へと激変!

株式会社ISHIDA

代表取締役社長 石田 洋平

株式会社ISHIDAさんは、お父様が1980年に設立された産業廃棄物処理業を営まれる会社で、石田洋平氏は2010年に社長に就任されました。
しかし、「経営者とは孤独なもの」「仕事とはつまらないもの」という思いが強く、一時は「会社を売ってしまおう」とも思われたそうです。
ところが、「会社を変えよう」と本気で学ばれた結果、長らく続いたあきらめの境地から、仲間と一緒に仕事も人生も楽しむ生き方へと大きく転換されました。どのようなキセキが起こったのでしょうか。

いい生活をするためだけに家業で働く

私が初めて家業に触れたのは高校生の時で、夏休みにアルバイトをしました。
当時、会社は忙しく、アルバイトに行けば仕事が常にある状態で、建設現場などに行って廃棄物回収のための積込みを助手としてしました。

高校卒業後は、夜間の大学に通っていたので、昼間は家業を手伝いました。
当時、まだ日本ではあまり普及していなかった脱着式コンテナ車があったり、移動電話がトラック全車についていたりしていたので「父親の会社は最新式ですごいんだ~」と子どもながらに思っていました。

しかし、正直言って「将来、この仕事はやりたくない」と思っていました。何よりも、周りから「ゴミ屋さん」と言われることが嫌だったのです。処理施設は住民から嫌がられますし、仕事自体もきつく、忙しく仕事をしても成果が見えにくい。
当時は、不法滞在で働いている外国人の人たちがたくさんいて、私服警官が取締りのため会社の周りを張り込んでいたり、不法投棄で警察に呼ばれたりする世界です。魅力的なはずがありません。

ですが、両親の生活を見ていると、他の仕事に就くよりもお金が稼げるから、自分がいい生活をするためだけに続けようと思いました。

当時、7~8人ほど社員がいましたが、入っては辞め、入っては辞めの繰り返しでした。
この会社で働く人たちは、全員この仕事をやりたくてやっているわけではない。たまたま家が近いからとか、この仕事なら断られることなく働けるから、とかいった理由でとりあえず働こうと思っている人たちなんだと思っていました。だから、いつ辞めるかわからない社員たちと深く関わることはありませんでした。また、社長はゴルフなどで会社にいないことが多く、会社の幹部や社員たちは私がいる前でも平気で会社や社長の悪口を言っていました。「給料が安い」、「俺らがいるから会社が回ってるんだ」、「こんな会社いつでも辞めてやる」と…。

私は、そんな幹部や社員を見て「会社ってこんなもので、経営者っていうのは孤独なものだ」、「人なんか信用できない」、「だから、自分だけいい生活ができればいい」と強く思うようになりました。その文句を言っていた社員たちが一斉に辞めた時も、ただただ「こんなやつらに負けたくない」という思いだけで乗り切りました。

父親との確執

数年後には、私が中心となって仕事を回すようになりました。自分なりに「会社をよくしたい、変えたい」と思い、新規業務を始めるなど一生懸命取り組みました。

しかし、社長は会社にあまり来ないのに、来た時に自分のやりたい放題に昔のやり方で指示を出し、私が社員たちに出した指示を勝手に変更してしまうのです。社員たちは社長の指示なので、それに従う。その状況を知った私は、「私が指示したことと違うじゃないか」と社員に指摘する。その繰り返しが続き、社長との言い争いが絶えなくなりました。社員も困り果てていました。

次第に、文句を言って辞めていった社員たちと全く同じように、私も社長への不平不満を言うようになり、社長がいる間はどうでもいいと思うようになりました。充実感もやりがいもない毎日が続き、「仕事とはつまらないものだ」という信念みたいなものが強くなりました。

この時代は廃棄物業界の法律が厳しくなり、昔のようなやり方では通用しなくなってきていました。考え方を変えないまま、方向性も示さず、自分ができることだけやりたいようにやる社長が嫌いで仕方ありませんでした。学ぶこと、変わることができない人間なんだと…。

しかし、会社が潰れるのだけは嫌でした。
近所のある会社が破産し、その債権者会議に行ったときに見た情景が忘れられないからです。会議に出ているその会社の社長を見ていたら、「会社を潰すということは、こんなにもみじめで情けないことなんだ」「社長のこれまでの人生のすべて、そして人格までが否定されることなんだ」と思ったのです。
だから、会社を潰すことは絶対にできないと強く思いました。けれど、このままいくと会社は間違いなく潰れる…。なので、“潰さない”ように、がむしゃらに働きました。
次第に、早く社長になって自分のやりたいように仕事がしたい、いろんな新しいことにチャレンジしたい、自分が社長になればやりがいがある充実した仕事ができるんだ、と思うようになりました。

社長交代というと、社長の病気や死亡によってなされる場合も多いのですが、私はそれは嫌だったので「健康なうちに継ぎたい」と父親にも伝えていました。しかし、なかなかすんなりとはいきませんでした。

社長になるも、孤独で不安な毎日が続く

結局、社長に就任したのは2010年です。ちょうど娘が生まれた年でした。

私には、ある強い思いがありました。産業廃棄物処理というのは、環境保全や資源循環社会を担う、なくてはならない大切な仕事です。しかし、実際にはかなりキツイ仕事です。正直、このような人がやりたがらない仕事を一生懸命やっている社員たちが、自分の仕事に誇りをもちイキイキと自信をもって働けるようにできないか、という思いです。

しかし、社長就任1年目にして、会社で働いていた弟の、取引先との金銭トラブルが発覚し、周りの会社からは信頼を失うというドン底からのスタートになりました。
そのような中でも、社長であれば何でも思い通りにできるから、充実した仕事ができる、楽しいはずだ、と思っていました。しかし、現状はそれまでと全く変わりませんでした。誰よりも自由であるはずなのに、全く自由ではなく、常に何かに追われているようでした。

「会社をよくしたい、変えたい」と思ってやればやるほど孤立し、社員が辞めていきました。もともと「人は信用できない」という信念みたいなものがありますから、辞めていくこと自体には「人ってそういうものだからね」と考え、それほどダメージはありませんでした。しかし、自分が経営者として×をつけられているかのようで、その点でこたえました。

また、本気で相談できる仲間もおらず、孤独で苦しく不安な毎日が続きました。とりあえず仕事は回っていって、お金は入ってきます。物理的には満たされているのですが、次第に生きる意味や情熱を失っていきました。

こんな辛い思いをするんだったら、この会社は家族とかに継がせるのではなく、売ってしまおうと本気で思うようになりました。そして、より高く売るために、会社をいい状態にしようと考えました。
周りから見て「ちゃんとした社長になるには?」「いい状態の会社をつくるには?」という思いから、いろいろな研修に参加することにしました。

ワールドユーとの出会い

いろいろな研修を受けている中で、の会員である山崎文栄堂の山崎登社長から紹介され、ワールドユーで学ぶことにしました。

しかし、初めの頃は、研修自体にはそれほど真剣に取り組んでいませんでした。いろいろな人の特性の違いやコミュニケーションの仕方などを学んでも、実際に会社の中でどういうふうに落とし込んでいけばいいのか、全くわかりませんでした。ただ、研修に参加している経営者の方たちの悩みや会社での取り組みを聞けることは、自分にとって役に立ちました。この人たちから、どうやって学ぼうと常に思っていました。

こんな感じで3年が過ぎていきましたが、それでも辞めなかったのは、「何か、自分に必要なものがここにあるんじゃないか」と感知していたからだと思います。また、自分は真剣に学んでいなかったため、これといった変化もなかったのですが、一緒に学んでいる仲間たちが変わっていく姿を目の当たりして、感じるものもありました。

本気で取り組むことを決意

学び始めてちょうど3年たったとき、これまで通りの取り組みをするのだったら辞めようと思いました。時間もお金ももったいないですから…。

トレーナーから、前々から「幹部の人と一緒に学ぶことが大切だ」と言われていたのですが、言葉を濁してきました。私ですらやっていることがどういうことかよくわからないのに、幹部を入れることに疑問があったからです。

その一方で、かつて抱いていた「人がやりたがらない仕事を一生懸命やっている社員たちが、自分の仕事に誇りをもちイキイキと自信をもって働けるようにできないか」という思いが蘇り、会社を変えてみたいという考えもありました。

でも会社を変えるといった時、1人ではなかなか無理だなと感じていたところでした。「このままだったら、すべてを諦めることになる。どうせ変わらない、ということを決定づけることになるんだ」と思い、幹部を入れて本気で取り組んでみようと決意しました。自分自身のつまらなさというか、このままこの人生をずっと歩んでいくということが耐えられなかったし、もともとは会社をよくしたいと思っていろいろなことをやってきたわけだし…。「ここだったら、何とかできるかもしれない」と賭けてみることにしました。

こうして、4年目から真剣に学ぶようになりました。それまでは「よくわからない」という前提で聞いていたので、理解できず、得られることも少なかったわけです。不信感がある中で学んでいるので、頭と心にしっくり入って来ず、響くものもほとんどありませんでした。

ところが、不信感を取っ払って真剣に取り組み始めたら、すべてのことが新鮮に感じました。「どうやって、それを生かそう」という観点から聞いているので、スイスイと頭と心に入ってくるのです。

例えば、それまでは、社員が言ってくることは私への批判だと思っていました。だから、何か言われるといちいち腹が立ちました。それがいつの間にか、「会社をよくしようと思って言ってくれているんだな」と思い、きちんと耳を傾けて聞けるようになりました。
このような感じで、学んだことを徐々に会社の中で活かせるようになっていきました。

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