ヒーロー達の物語
HISTORY OF HEROES

長らく続いた苦悩な日々から脱出し、
心軽くワクワクした日々に

株式会社ISHIDA

所長 丸山 継一郎

株式会社ISHIDAさんのナンバー2である丸山継一郎氏は、もともと仕事大好き人間でいらっしゃったのですが、膨大な仕事に追われる中で、社内でも孤立し、面白くない仕事をただ続けるという閉塞感をもったまま長らく過ごされました。しかし、現在は心も軽くなり、充実した毎日を送られています。どのようにして、このように心境が変化されたのでしょうか。

苦悩の始まり

私は大学卒業後、メーカー勤務を経て産業廃棄物関連の会社に転職し、当社には10年前に知人の紹介で入りました。
“産廃” という業界が面白かったのです。法律も絡んでくるので難しいのですが、その分、ものすごく奥が深くはまり込みました。昭和生まれの私は仕事大好き人間、仕事ができること自体に幸せを感じていました。

入社した当初は、先代社長の時代でしたので、現在の社長は専務という地位で、契約書や回収の配車、見積もりなどの業務を一人でされていました。その業務を私が徐々に引き継いでいきました。何を求められても、過去の経験を生かして対応できるので、仕事が面白くて仕方なかったです。

社長交代となった後、廃棄物査定、契約書、配車の3つの業務をすべて任されるようになりました。そこから私の苦悩が始まります。

それら3つの業務で手一杯なところに、社長が「あれやってくれないかな」「これやっといて」とふってくるようになったのです。私は基本的に“イエスマン”なので、全部引き受けてしまう。
他の社員からよく言われました。「何で断らないの?」「できないなら断った方がいいよ」と。断るのは簡単です。でも、社長が私を頼りにしていることはよく分かっていましたし、私が断ってしまうと社長の逃げ場がなくなってしまうので、“イエスマン”であり続けることが私の宿命だと思って、社長に全面的に従うことに決めていました。

社員からすると、それが理解できなかったようです。「丸山さんは、何を考えているか分からない」「丸山さんに言っても無駄だ。社長に意見具申できない」というように、社員の不満や不信につながっていきました。私の方は、自分の考えを言ったところで理解してくれないと、次第に自分を押し殺すようになっていきました。

仕事も手一杯、社員との関係も最悪…このような中で、精神的に極限状態になりました。やること自体を忘れたり、やらなくていいや、とやらなかったりと、投げやりになってしまって…。かといって、仕事を他の人に任せられるわけではなかったので、「仕事してればいいや、とりあえず…」という感じになり、その状況が長く続きました。

社長には入社当初から、何回も私のほうから話を振っても乗ってこなかったので、「この人に言っても仕方がない」と思うようになっていました。私としては社長と話したいのに、厚い壁があって話すことができませんでした。
また、周りにも相談できる人がいませんでした。孤独感一杯で、むちゃくちゃ苦しかったです。その孤独感から自分の心地よい空間をつくるようになり、そこから出ないようになっていきました。

勤務時間は一応、朝7時半から夕方6時までなのですが、いつも仕事を大量に抱えていたので、当然6時には終わらず、10時帰りとか11時帰りとかザラでした。会社に行って黙々と仕事をして帰る、というくり返し。
そのような苦悩の繰り返しが約8年も続きました。

そんな中でも、転職しようとは考えなかったです。この産業廃棄物処理業の業務が好きだったから、「このままいくしかないな」という思いがあったからです。

疑心暗鬼から始まった研修

社長は「会社を何とかしなければ」「会社をよくしよう」という意識が強かったので、いろいろな研修を取り入れていました。
会社の環境を整えるという面では役に立ったので、私としては方向性はいいかな、と思っていたのですが、社員たちには全く受け入れられませんでした。社長が社員全員に「どのような研修でどのように変われるのか」「会社をどのようにしたいか」などのビジョンを明確に示さなかったため、研修を受けた私がどんなに説明しても、社員にとっては無駄なお金が出ていく、社長は変わっていない。というイメージしかかなったのです。

その流れの中で、2018年に入った頃、社長から「ワールドユーに行って。屋久島は良いところだから」と言われました。それ以上の説明はなかったので、「ワールドユーって???」「屋久島って???」という感じでした。
毎月2日間、研修があると聞き、ただでさえ忙しいのに毎月2日も会社を空けることは不可能だと思ったので、「抜けられないんです」と社長に言ったのですが、「いや、行って」と。「丸山さんだったら何とかできるでしょう」と言われ、基本的には“イエスマン”なので、「はい、なんとかします」と答えてしまいました。

初めてワールドユーに行ったとき、皆さんがにこやかに迎えてくれて、「何でみんなこんなにニコニコしてるんだろう」と思いました。「あやしいな~」とも感じましたが、「行く」と言った以上、ちょっと辛抱して通ってみようと思いました。

疑心暗鬼の状態で通っていた最初の半年間は、「よくわからない」というのが正直なところです。専門用語とかがたくさん出てくるので、「何言ってんだ?」という感じでした。研修の翌日に出社しても、研修内容を社員に説明できず、学んだことを実践できない、という状態が続きました。

でも、研修の成果は、最初は意外にも社内にあらわれました。

一筋の光が…

初めの半年間くらい、2日間の研修後には私の机の上に膨大な量の書類や廃棄物の見積り依頼が溜まっていました。その状況を見かねた社員が「見積りとかやりますよ」言って
自主的にやってくれるようになりました。

正直、とても助かったのですが、今度は自分の仕事を“取られた”という感覚が強くなっていきました。「何で私の仕事を取るんだ」と。
このような思いがしばらく続いたのですが、ワークを続ける中で、その思いは自分の都合のいい考え方であることがわかってきました。「やってくれるんだったら、それでいいんじゃないか」「仕事が滞らずお客様に迷惑がかからないようになるし、社員も業務を覚えて効率がよくなる」と気づき、肩の荷がスッと下りました。

こうして社員を信頼して仕事を任せられるようになると、自分の時間がとれるようになりました。その空いた時間で、外回りができるようになったのです。これまでもお客さんとじっくり話がしたいという思いがあったのですが、ひたすら書類の処理に追われ、全くできませんでした。

お客さんと直接会って話をすると、ニーズを知ることができたり、相談ごとを受けたりします。そして何より、お客さんとの信頼関係が深まりました。これは大きかったですね。そのお客さんが「ほかのお客さんが困っているようだから、連絡してあげて」と、別のお客さんを紹介してくれたりします。
気持ちにゆとりができると、さらに大きな仕事へと発展していくことが分りました。また、これからやりたいことが見えるようになってきました。

このように、研修を受けるようになってから、“ただやってるだけ”の面白くなかった仕事が、また楽しくなり、充実した毎日を送ることができるようになりました。

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