ヒーロー達の物語
HISTORY OF HEROES

「相手を変えたいなら自分が変わるべき!」 愚痴の文化からの脱却へ挑んだ社内改革への道

株式会社ヴァリアント

営業統括本部長 東本 隆志

6年前にヴァリアントに入社され、営業統括本部長を務めていらっしゃる東本隆志氏は、大学時代にパチンコで生計を立て、前の会社でパチンコ店を2店舗から29店舗に拡大させるなど、“パチンコ界の神様”です。大阪生まれということもあって、お話もお上手なのですが、入社後は、部下とのコミュニケーションがうまく取れず、悩んだこともあったそうです。しかし、今は社員の意識改革を成功させるなど大活躍なさっています。

パチンコ業界のプロフェッショナル

大学時代に付けられた私のあだ名は“ギャン”。
“ギャンブラー”を省略したもので、パチンコでの稼ぎで生計を立てていたため、このように呼ばれました。

みんなに「それで食っていけるやん」と言われてたんですけど、大学卒業後、パチンコ業界に就職しました。
ユーザーとしてはある意味、極めた感を得ていたので、今度は逆サイドに立って店を運営したい、という夢があったんです。
「こんなイベントやってみたいな」「こういう台を入れたいな」とか…。

大きな会社に内定をもらい入社予定でしたが、ついでに受けた、まだ小さな会社の社長に惹かれ、新卒2期生として入社しました。
幸か不幸か…当時は、人材がいなかったので、仕事をどんどん任されて、入社して3年半で新店調査担当から、その新店の店長に大抜擢され、その店が成功し、そこからは、傾きかけた店を渡り歩き、必ず復活させていきました。大好きな仕事だったので、全く苦痛じゃなかったですね。会社の業績も良くて店舗数もどんどん増え、業界でも有数の企業に成長しました。

私もトントン拍子に出世させてもらい、入社して12年ぐらいで部長になったんですが、そこで、私の中で夢がなくなったんです。
取締役を目指せばよかったんですが、歴代の役員は、みんな体調不良になって倒れていくんですよ。

また、家庭においては、仕事最優先で働き続けてきたため、夫婦間に溝ができてしまったんですね。
例えば、旅行の計画を立てても、その直前にどこかの店舗に問題があるとキャンセルせざるを得ない。これが妻や子どもには、受け入れられないわけです。
何の感情もないような家庭になってしまい、「仕事では胸を張れても、良き父親や旦那には、なっていないなあ」と感じていました。
そんな日が続いた中で、妻としっかり話し合い、家庭も大切にして。ということで転職することにしました。

運命の転職

飲食関係の会社に転職のお誘いをいただき、入社する予定でしたが、春から入社という事で、会社を辞めてから入社まで4か月間、時間がありました。
この時、今まで出来なかった家族サービスが行えました。

ただ、この4か月の間で学生時代のように、存分にパチンコを楽しむ日々を過ごしました。
そうすると、店の中を見回して色んな事を考えちゃうんです。
「こうすれば、もっとお客さん入るのに、何やってんだよ」と、発想がユーザー側でなくなってしまう。
これを1か月ぐらい続けたときに、「俺は、この業界がホント好きなんだな…」と思うようになり、妻に頭を下げてパチンコ業界に戻る許しをもらいました。

数社お話をいただいたのですが、最初に面接を受けたのがヴァリアントでした。
当時、常務だった和田雅英氏と社長だった和田博氏に面接していただいたのですが、「なんてオーラのあふれた兄弟なんだろう」と思いましたね。

また、別れ際には、二人とも必ず握手するんですけど、これがまたギューッときつく握るんですよね。
凄くパワーを感じました。
会社の規模は小さいけど、今まで体験した事のない事がこの会社で出来るかもしれない、この会社に賭けてみたいな、と私の心を揺さぶらせる出会いとなりました。

あと、和田博社長とは、初対面でない気がしたんです。どこかで会った気がする…。
すぐには思い出せなかったのですが、当時、私の趣味であるゴルフのレッスン番組(NHK)を録画していました。
その中に出てくる、凄く上手いオッチャンのゴルフスイングを何度もコマ送りで見ながら練習していた、そのオッチャンが、今 目の前にいる和田社長!
「これは運命だ」とその時、思いました。

そして、社長に、「テレビ観てました」と言うと「そうか、観てたのか。今度、一緒にゴルフ行くか」、「行きます!」と、やりとりました。
そして、そのまま普通に「会社も手伝ってよ」と言うので、「ハイ、手伝います!」と入社が決まったんです。
本来、その後、受ける予定だった、他社の面接は受けずにキャンセルしました。

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