ヒーロー達の物語
HISTORY OF HEROES

幹部という鎧と武器を捨てたときスッと心が楽になった

株式会社TD・K

常務取締役 橋本 良平

「自分の思い込みできっと上手くいかない。自分は幸せになれない。自分を信じてあげられなかった。」と、約14年前の当時叔父が経営していた光青工業株式会社に新卒で入社した橋本良平氏は過去に自身が体験した会社や自分の中での変化を語り始めました。

当時、建築に伴う図面コピーの案件を主に抱えてきた良平氏の祖父が創立した会社は、22年前に起こった阪神淡路大震災時を機に仕事量は劇的に増えたといいますが、社員一人ひとりが個人プレーで仕事をこなしていくのが”普通”とされていた社内には決まったルールはなく、協力型からはかけ離れていた状態でした。

「その当時は、特別なルールや売り上げ目標がなくても勝手に売上があがる時代だったんです。」

業務ごとに仕事が分断されていた。

そんな時代を経て、「お客様の為に、また社員の為にどうしたらいいか」と真剣に考えるようになったのは10年前に経営が橋本玲子現社長の手に移ってからの事で、ちょうどそれは社員教育や環境整備への取り組みなどを一から学ぶ為に社内で様々なルールを設けて会社総出で仕組みを整える体制を取り始めた頃でした。

「今から7年ぐらい前ですね。元々そういう仕組みに力を入れていなかった会社なので、この取り組みを始めた時点で、40から50代の幹部をはじめとする3分の1の社員が辞めていきました。」

強制的にルールを設けて、形から整えていくという姿勢は多くの人にとって社内環境を居心地の悪いものに変えてしまい、ルールだけが一人歩きし、従業員の心はついていきませんでした。

形が先行するルール作りに心がついていかなかった。

そして良平氏は社内での新しいシステムの導入を境に、幹部の役職を任されるようになりました。
祖父が立ち上げた会社が代々引き継がれていく中で、自分の中で作りあげた目に見える業績などといった理想の成功像を追えば追うほど「歪んだあたりまえ」を社員に求めるようになり、良平氏の「祖父の為に」というまっすぐな姿勢はかえって裏目に出てしまうのです。

「仕事の引き継ぎはあったので、仕事内容やお客様のことは把握しているのですが、幹部としての役割は全く教えてもらっていませんでした。頭でっかちになってしまって、自分の実力が追いつけていないのに、役職だけで部下に『結果を出させる』という形で当時は経営をまわしていました。」

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