新社長との隔たり
そんな中、創業者から現在の社長への交代が2006年にありました。就任式の時、新会長となった前社長が「社員は大切な家族だ。頼むぞ!」と全社員の前で話されました。 “家族”という言葉にすごく感動したことを、今でも覚えています。
私はフード事業部に属していたこともあり、新社長と直接話すことは、当初はほとんどありませんでした。けれど、夜の決まった時間に店に顔を出しては、今の会社の問題点や今後こうしていきたいという思いをニコニコしながら熱く語った後、イートインし、一人でコーヒーをゆっくり飲んで帰宅される姿をよく見かけました。
当時、私の社長に対する印象は、「優しくて、真面目で真剣に話をする方だなあ」といった感じで、ぼんやりとしたものでしたが好印象でした。後に社長とのコミュニケーションで悩むことになるとは、まさか思ってもいませんでした。
私が社長と直接やりとりをするようになったのは、課長になり、毎週月曜日の朝に開かれる幹部会議に出席するようになってからです。幹部会議が行われる社長室に初めて入った瞬間、「あれ?なんだ、この雰囲気」と、なんとなく空気が重いのを感じました。そして社長の、店に来られたときのニコニコした様相とは全く違う、険しい顔つきに驚きました。
会議自体は、幹部全員が社長の話を黙って聞き、質問されたことだけ答える、というもので、社長から「情報が足りない!」、「この資料では、わからない!」との指摘を受けることが大部分を占めていました。そのためか、幹部全員が社長と目を合わさないよう、目を下に伏せている様子を見て、現場一筋で20年務めた私は愕然としたのをよく覚えています。1週間のスタートとなる、月曜日の朝、社長室から出ていく幹部たちの顔は、最悪でした。こうして社長とのつき合いが始まったわけですが、私と社長の考えにはいつもズレが起きていました。社長からは、「新商品が出れば報告しろ」「アルバイトさんが辞めたときは報告しろ」「箱のパッケージが変わったときも報告しろ」…と、とにかく報告を求められました。「多くの情報から正しい経営判断を行うために、もっと情報が欲しい」「現場のことがわからないからこそ、誰がどのように頑張っているか知りたい」と。
それに対して私はすごくストレスを感じました。私は、報告とかじゃなくて数字を達成できればそれでいい、と思っていたからです。「そんなに俺のことが信用できないの?」「現場で働くのは俺たちなんだから、もっと任せてくれよ!」と強く思っていました。そして、社長からは出した結果に対する評価はなく、それよりも報告ができないことに対してすごく詰められました。
一つ報告すると、それが社長の“もっと詳しく知りたい””につながります。なので、私は当たり障りのないことを最小限、報告するといった、“事なかれ主義”に徹するようになっていきました。
「社長は私と同じ人間なんだ」
このように社長と私との間がギクシャクしている中、ある日突然、社長が「山登りに行くぞ!」と言ってきました。私は意味が分からず、「突然、どうしたんですか」「何で山登るんですか」と言ったのですが、社長は「ま、いいから行こう」と。後から分かったことですが、その登山はワールドユーの研修の一つ“チームビルディング研修”で、それが私にとってワールドユーとの初めての出会いとなりました。
私は個人的には山登りが好きだったので、よく分からないまま、社長、役員(私の直属の上司でかなり厳しい人)など計5人で屋久島の山に登りました。山を登り始めてすぐに、その役員の息が上がり、危ない感じに見えました。いつも自分にも人にも厳しく、人に助けを求めない方でしたが、私は見かねて「自分、力あるんで、荷物持ちますよ」って言ったら、「ええわ!」って言われました。でも見るからにしんどそうなので「持ちます」と言ったところ、「ええって!いらんことすんな」と。3回目に「本当に持ちますから」って言ったら、無言で荷物をさし出しました。それまで、こんな素直な役員を見たことはありません。
5人で協力し合いながら、声をかけ合い、何とか頂上に登り着いた時、その上司が「助けてくれて、ありがとうな」と言ってくれました。 “ありがとう”なんてそんなに人に簡単に言う人ではないので、すごく嬉しく思いました。山頂で、目前に広がる絶景を見ながら、みんなで食べたおにぎりの味は格別でした。
- 「はじめてチームで山に挑んだ屋久島合宿。」
下山後ホテルで、社長といろいろなことを話しました。その中で、社長の「私も幹部会議に行くのが嫌なんだよ」「仕事で悩んでいるんだ」という言葉を聞いた時、とても衝撃を受けました。“社長”というのは、「人間じゃない」とか「普通の人とは人種が違う」といったイメージがあるじゃないですか。でも、社長の弱さというのを初めて見て、驚くと同時に社長も私と同じ一人の人間なんだと気付きました。そして、「同じようなことで悩んでいるんだな」ということが分かり、そこから社長に対する見方が変わりました。また、「このメンバーで会社を進めていくから」と話され、「私は選ばれた者なんだ」「会社にとって必要な存在だと思ってくれているんだな」と感じ、社長についていこうと強く思いました。
- 「同じ時を過ごす経験を通して絆ができてきた。」