本日は、第44期経営計画発表会にお越しくださいまして、ありがとうございます。私からは、この1年でどのように自分が変化し、会社が変化したかをお伝えできればと思います。私は、2005年に新卒で入社しました。11年前に私が入社したころの山崎文栄堂は、管理統制の軍隊形式で、個性を尊重するよりも決まった仕組みを実施すること、ルールを守ること、質より量の分野で頑張ることが大事とされていました。お客様への訪問・接触件数をとにかく増やしていくことや、仕組みを定着させてまわしていくことで鍛えられた部分はあり、当時の山崎文栄堂には必要だったと思います。私も会社にいる限りは、とにかく決められたルール通りに行うことを大事にしてきました。そして、たとえ会社やお客様のために良いと思うアイデアがあっても言わずに飲みこみ、言われたことをやるしかないと思ってやっていました。
またその頃の自分を振り返ると、自分の成績や評価に強くこだわるところがあり、『良い成績を出さないと自分には価値がない』とずっと思い込んで仕事をしていました。それは、部下に対しても同じでした。成績を出すために、自分にも他人にも厳しくすることが多くあり、自分や部下を追い込むことがありました。部下に良い成績取らせるのも、結局は自分の評価のためで、今思うと自分中心の狭い世界の中で仕事をしていました。厳しくするあまり、チームをうまくまとめられず、降格・昇格を繰り返し、安定しない時期が続きました。「会社のためにやっているのに、どーしてうまくいかないんだろう。」と、自分でも閉塞感は感じていましたが、それでもうまくいかなかった時は、「とにかく挽回しよう。もう一度、もう一度、成績を上げれば大丈夫、大丈夫」と言い聞かせ焦りながら、休む間もなく仕事に追われる毎日を過ごしていました。
4年くらい前から、山崎や若狭が心の仕組みについて学び始め、その頃から「会社を安全・安心な場にしよう。そのためには、違いを越えて意見を言い合おう」と話をするように変わりました。私は、この話を聞いた時に会社に光が見えました。それは、モノクロの世界がカラーになったようでした。働くみんなにとって、お客様にとってどうやったら喜ばれるかというアイデアを、少しずつですが出し合うようになりました。そして、その話を山崎や若狭が受け入れ、聞いてくれるようになりました。徐々にですが、「会社を安全安心な場にする」ということが現実になっていったのです。その後、3年前から私も山崎と若狭と同じように心の仕組みを学ぶ機会をもらいました。そして、この1年、屋久島の研修などを通して自分自身を知り、何を成し遂げるために生まれてきたのか、自分自身の生まれてきた意味と役割を探求する機会をもらいました。その中で、一番できるようになったことは、自分自身の存在や行動を承認するということです。その変化が現実を変えていきました。自分を承認することで見えてきた世界があります。周りの仲間が頑張っている姿が目に映り、チームメンバーが周りのことを考え、後輩にかけている声が聞こえてくるようになりました。そうした変化の中で、少しずつ自分と仲間の幸せを願うようになってきました。
今年1年は試練があり、数字が一時的に落ち込むことがありました。昔だったら、「山崎さんと若狭さんが相談して方針を出すだろう。言われたことはやろう。」と一歩離れて様子を見ていたと思います。しかし、今回は自分の存在や行動を認めることができてきたので、自分ができることを考え、幹部でアイデアを出し合いながら、一つずつ実現していきました。みんなで協力しながら試練を乗り越えていく中で、不思議なことに過去にお世話になったお客様から「清家さんに相談したいので来てもらえるかな?」と嬉しい声を多く頂きました。そして、社内のメンバーからの助けもあり、気がつくと、アスクルの全国新規開拓部門で9位に入ることもできました。本当にいろんな方に期待して、応援してもらったと感じる1年でした。この変化がきっかけで、社長と幹部で話をする機会も増え、自分と仲間とのつながりを実感し始め、「ここが自分の居場所なんだな」と思えるようになりました。
山崎文栄堂は一人一人が個性という色を持っており、白いキャンバスに彩りをもたらすことができる会社になってきました。違いを認め、個性を尊重し、居場所があり、一人一人が生まれてきた役割を実感し、幸せを叶えていく。そういう社員が、お客様のところに行って、お役立ちをして、喜んでもらう会社にしていきます。